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zoom RSS 「又吉直樹」×「ふたご座」

<<   作成日時 : 2015/08/02 17:17   >>

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こんにちは。 《神々の人事》へようこそ!


突然ですが、今回は質問から始めたいと思います。


以下の文に関連のある人物は、いったい誰でしょう?



@ 「相手が強から戦う価値があるんです。上がいるから、挑戦したくなる。さあ、勝ちに行こう。真っ向勝負」 (楽天モバイル)

A 「世界が敵だ!」(ゲーム・オブ・ウォー Fier Age)

B 「世界と闘う二人の劇」(ある本の帯に書かれています)




3つとも、どうやら「闘い」に関係がありますね。


では答えです。




@は、サッカーの本田圭佑選手。

これは、本田選手のコマーシャルのセリフ。いかにも本田選手らしいセリフですよね。「下克上」という言葉がありますが、彼はつねに自分よりも力が上の人たちに挑んでいる。その姿こそが美しい。



Aは、俳優・伊勢谷友介氏。これは「ゲーム・オブ・ウォー」というコマーシャルにおける彼のセリフでうす。伊勢谷さんは端正なお顔をされていますけれど、野外で勇ましく戦う姿、とてもお似合いですね。

このコマーシャルを見て、自分も雄叫びを上げ、敵を鋭い眼光で睨み付け、猛ダッシュすれば、あんなかっこよくなるかな〜とお思いの男子も多いはず。

後で説明しますが、伊勢谷氏はもともと、敵を倒すためにサバイバルの世界に身を投じている姿、肉体を無視して突進するとか、泥だらけの姿がとても体質に合っています。というわけで、誰がやってもあのカッコよさが出るわけではないかもしれませんね・・・。

あの「ゲーム・オブ・ウォー」のコマーシャルは、「闘い」と、演技者である伊勢谷氏の気質が、完全に呼応することによって醸し出されている部分がかなりあるように思われます。


伊勢谷氏は、これまでの役を振り返ってみても、甘い恋心や相手に対する優しさや満足感を表現するような役よりも、少し古くなりますが大河ドラマ『竜馬伝』の高杉晋作役にしても、現在の『花燃ゆ』の吉田松陰役にしても、封建制度のなかに蘇った下克上の考えを体現したかのような人物、敵のある世の中、挑戦的な時代背景のなかでこそ演技が光り輝く…。だからこそ、そのような役のオファーも自然と多くなるのでしょう。




そして、今回注目していただきたいのは3つ目の「世界と闘う2人の劇」に関係ある人物です。

これは、ある本の帯に書かれています。さて誰の作品でしょうか??



Bの答えは、もうお分かりかと思いますが、今回「ふたご座」ということで≪神々の人事≫にお招きした「又吉直樹」氏の作品、『火花』の帯に書かれている言葉です。


ということで、はい、証拠写真です。



画像





実は今ご紹介した3人の共通点は、太陽が「ふたご座」にあるという点です。


ここで大切なのは、ご紹介した3つの文章が、彼らが自ら発せられた言葉ではないという点です。上記の3種類の言葉は、それぞれの個性や発している雰囲気に“ふさわしい”ということで、いわば第3者によって彼らに与えられた言葉と考えてよいのではないでしょうか。


そして、この3人に共通して与えられた特徴は、なんと「闘い」…。



ここで、あれ?! っと思われる方は、少し占星術の知識がある方たちですね。

なぜならば、「ふたご座」といえば、一般的には「理性」とか「知識」とか「おしゃべり」とか、割と「言語」に関するキーワードで表現されることが多いですものね。



実は「ふたご座」には、「言葉」というテーマ以外に、「ライバルとの戦い」とか「サバイバル」というテーマがあります。

本当は又吉氏が芥川賞に受賞されたら、彼の作品と、又吉氏が尊敬してやまない太宰治の作品との比較について書こうと思って準備していたのですが、受賞に関するテレビ番組を見ていたら、たまたま本田選手や伊勢谷氏のコマーシャルが目についてしまいまして、「ふたご座」と「闘い」ということで、この3人を取り上げることにしました。


なにせ本田選手も太陽が「ふたご座」に、伊勢谷氏にいたっては太陽、金星、月が「ふたご座」にあるのです。このような偶然、なかなか起きないのでは?? と思いまして・・・



しかも、又吉氏はあまり「闘い」とは無縁の世界にいるような印象があるのも興味深いと思いました。

もちろん又吉氏も「言語」や「知識」という意味でも、「ふたご座」の応援を受けておられることは確かなのですが、それでも、『火花』を帯のキャッチコピーに従って、「世界と闘う二人の劇」という視点からこの小説を読むと、又吉氏が「ふたご座」のパワーに応援されていることが非常によくわかるのです。




ところで、「ふたご座」がなぜ「闘い」とか「サバイバル」というテーマと関連があるのかは、次のような流れのなかでわかります。「ふたご座」には、他にも「兄弟」とか「ライバル」という意味もありますね。

12サインの先頭をきる「おひつじ座」の段階では、生まれたての赤ちゃんのごとく、まだ魂が肉体に完全に宿っていない段階であるということをご説明しました。(「大泉洋」×「おひつじ座」参照のこと)

2番目の「おうし座」においては、ようやく魂は肉体に宿ります。だから「おうし座」の影響を受けている人たちは、肉体に刻み込まれた自分の才能を使いこなすだけで必死。他人には関心がありません。(「しょこたん」×「おうし座」参照のこと)

そしてその次にやってくるのが「ふたご座」。


ここで「言葉」の発達がはじまると同時に、初めて周囲にいる人たちの存在、たとえば「兄弟」を意識しはじめます。「兄弟」は、実は生まれて初めて出会う「ライバル」でもあるのです。

おもちゃを使う権利。おやつや食事の取り合いなどなど。「ふたご座」の段階では、兄弟というライバルと闘い、それに打ち勝つために自分を鍛え、生き残りをかけるのです。絶対に負けるわけにはいかない。負けたら生存を脅かされることになるからです。子供にとって、母親からの注目されるかされないかは死活問題でもあるのです!!



そうやってもう一度、はじめの3つの言葉を見てみると、「ふたご座」色が伝わってきます。

「相手が強から戦う価値があるんです。上がいるから挑戦したくなる。さあ、勝ちに行こう。真っ向勝負」「世界が敵だ!」「世界と闘う二人の劇」・・・ 

スポーツであれ、ゲームであれ、文藝や芸能の世界であれ、「生き残ること」、そのために「決して負けない」と心に秘めている人たちは、この競争社会においては、やはり強いのだ!! ということをこの3人は体を張って証明してくれているようにも思えます。


確かに「ふたご座」に天体をもっている方たちの多くは、テストとか、試合とか、人と競争する世界がそれほど嫌いではないようです。むしろそれを楽しんでいる様子さえうかがえます。「闘い」にむけて「決して負けない」自分を日々鍛えること、技術を向上させること自体が喜びなのかもしれません。(『火花』にも、このような考察が、後輩の目を通して描かれていますので探してみてください!)

本田選手のあのストイックな練習風景、ワールドカップ前の強気な発言も、「下克上」という世界観のなかから発せられていると考えれば腑に落ちるというものです。「うお座」の香川選手などと比べると、同じ世代で、同じように海外組なのに、私たちに与える印象や役割がまったく違いますものね・・・ 



さて、今回のメインテーマである又吉氏の『火花』についてですが、まだ読んでおられない方がいらっしゃると思うので、内容を詳細に明かすことは避けようと思うのですが、随所にこの「闘い」とか「サバイバル」に関する哲学が散りばめられています。

心理描写、風景描写など、芥川賞レベルの豊かさや、会話の軽快さなどをじっくり味わうと同時に、この「闘い」というテーマを気にかけながら読んでいただけると、いっそう深い内容を読み取れると思います。


『火花』は、お笑いの世界を背景に、先輩・神谷と、その天才肌の先輩の伝記を書こうと思っている後輩・徳永の2人をめぐる物語。

2人はまったく異なる性質をもっているのですが、読んでいるうちに、著者である又吉氏のなかには、この2人の人物が生きているのかもしれないと思えてきました。そもそも自分のなかにないものは、ノンフィクションであったとしても書くことはできないはずですし…。

調べてみたら、又吉氏は、人との共感を大切にする「かに座」に2つも天体が入っていることがわかりました。又吉氏のなかでは、「ふたご座」の「絶対に負けない」という強く外側に押し出される「闘い」のエネルギーは、「かに座」の人の気持ちに寄り添い共感するという柔和な雰囲気によって緩和されているわけですね。



非常に興味深いのは、物語の前半では、後輩が先輩から影響を受けるいう形で2人は団結しているのですが、途中から、明らかにこの性格の違うこの2人は、考え方も、歩む道も異なっていく分岐点がやってくるという点です。

物語の途中で、2人は子供に対するあり方で歩む道が決定的に分かれます。ここが、「ふたご座」と「かに座」の違いなんだろうな〜というような、はっきりとした分かれ道がありますので、占星術を勉強している方であれば、その分岐点を是非探してみてください。非常に、マニアックな味わい方になってしまうのですが・・・笑

普通は2人の登場人物として読むのかもしれませんが、こうして著者の中に住む2つのパーソナリティーとして読むと、この物語は、個性とは何か? 自己実現とは何か? 仕事とお金の関係とは? 自分と他者とのバランスをどう考えるか? 人間にとって成熟とは?といった誰もがもつ内面の成長物語として読むことが可能になるでしょう。


又吉氏の素晴らしさは、まったく異なるこの2つのエネルギー・バランスを、一つの物語に昇華させることに成功した点です。2人ははじめ一つの連合体のようでしたが、その後分岐点を通過したあとで別れ、時を経て、衝撃的な再会を果たします。その時には、両者の立場も変化し、関係性も変わっているのです。

他の優れた作品と同じように、本書の終わりにも、明らかな解決とか統合といった予定調和的なものは提示されてはいません。2人の人生が未来に向かって開かれていることで、「闘い」(殺すか殺されるかの世界)と「共感」(共に生きるという世界)というまったく異なるエネルギーを、人はどのように統合させていくのか? 人間が人間としていかにいきるのか?という切実なテーマが、私たち読者に投げかけられるのです。

人間という存在の深遠さ、未知の可能性が、最後の衝撃と共に私たちの心に大きな疑問符として、やまびこのように心に広がります。


読んでいて思わず笑ってしまうお笑いの世界と、非常にシリアスな内面世界とのコントラストも、この作品の魅力の1つ。半日もあれば読める物語ですので、是非手に取って読んでみてください!


いずれ又吉氏が尊敬してやまない、太宰治も≪神々の人事≫に是非、お招きできたらと思っております。太宰治も「ふたご座」に3つの天体、「かに座」にも3つの天体があり、又吉氏と共通点が多くてとても興味深いです。2人を比較する前に、まずは又吉氏によって『火花』のなかに投げかけられた天界からの影響を、一部だけ読み込んでみました。

又吉さん! 

少し気が早いですけれど、次の作品もとても楽しみにしております!! 



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